まだ気にかかる、あのときの剣心
何を見て、何を思い、そして・・・
考えたくもないけれど
それでも否応無しに駆け巡る不安
問いただしてよいものか
剣心の過去にこだわるつもりは毛頭ないとはいえ
今、彼が何をそんなに思いつめていることか
薫は夜、殿方の部屋に足を踏み入れることに
戸惑いながらも
思い切って剣心のいる部屋を訪ねた
「何しているの?」
「薫殿」
「珍しく筆なんて持って・・・」
「いや、まだ何も書いていないでござるよ。水で濡らしただけでござる」
「何か、書きたかったの?」
「不思議なものでござるよ、薫殿。いざ筆を手にすると何も思いつかぬ」
そういいながら、半紙の上
僅かに水で何かを書いたのか
そこだけ変に皺がよっていた
だが、薫にとって普段ならない表情と行為に
薫は思わず剣心の背へと飛びついた
「薫・・・殿?」
「剣心・・・!」
「どうしたでござるか?」
剣心の言葉とは裏腹に力の篭る薫の腕
剣心は訝(いぶか)しげに薫の顔を覗き込んだ
「どうしたでござるか?薫殿・・・」
「・・・剣心がどこか遠くへ行きそうな顔してたから・・・」
「遠く?何故そのような・・・」
「今日、お使いから帰ってきたとき、貴方が遠い目でどこかを見てたのを・・・」
「・・・・・」
「また、どこかへ行ってしまうんじゃないかって!」
「薫殿・・・」
剣心はあの夕日の向こうで何を見つめていたのか
それを薫に話すことを一瞬躊躇ったものの
どんなに綺麗事を言ったところで
薫が納得するはずもなし
また薫だからこそ
自分に課せられた負の陰りを晒しても
絶対に受け止めてくれるのではないか・・・
疑心暗鬼とまでは言わずとも
剣心もまた薫を失う怖さを持つ
市井の男には違いない
「剣心・・・!」
もう一度、強く抱きしめてくれた彼女の想い
剣心は思い出した
――――過去にはこだわらないわ
そう言い放った彼女の言葉を信じ、
そして、るろうの日々に足を止め
初めて仲間と呼べる友人が出来た
過去の蟠りをも解き放ってくれた
そう
彼女の言葉だけを信じ
今まで生きてこれた
そして、
これからも生きていくことを誓った
あまりにも過酷で業深き罪人(どがびと)ではあるかもしれない
でも、薫のその言葉があったからこそ
不殺の意思をさらに固めたのではなかったか
剣心は薫の腕をそっと掴み
ようやく口元を開いた・・・