日は傾きかけていた

 

剣心は物静かに手元の本を広げたまま

沈みいく夕日を遠い目で見つめていた

 

そして、その姿を外出から帰ってきた薫は

思わず息を飲み、歩みを止めてしまった

 

いや、息を殺してしまった・・・というほうが正しいのではないか

 

(剣心・・・)

 

何を思っているのか

何を見つめているのか

 

剣心が時折見せる遠い目

それは、またどこか遠く

自分の手の届くところから

消えうせてしまうのではないか

 

この一抹の不安は

何度幸せなひとときを過ごすという喜びの中にも

澱のように胸の奥で燻り

薫の笑顔を僅かに曇らせる

 

だが、彼は言う

 

―――笑顔の薫殿が好きでござるよ

 

笑顔は決して絶やせない

それは剣心のため

自分のため

 

そういって、自分に微笑みを返す剣心のささやかでもいい

小さな幸せ

それだけでも

繋ぎとめる手段であるならば

どんなときでも決して笑顔は絶やせない

 

薫はもう一度息を飲むと

縁側に腰掛けた剣心に「ただいま」と優しい笑顔で声をかけた

 

 

 

「薫殿、帰ったでござるか」

「何を見ていたの?」

「ん?これでござるか?」

 

遠くを見つめていた視線が我に返るように

また、いつもの剣心へと戻る

 

聞きだすことの出来ない

触れてはならない

つい先程までの剣心

 

――――過去にはこだわらないわ

 

彼に言い放った言葉

今度は自分に言い聞かす

 

何事もなかったかのように

さも興味津々とした表情で

薫は剣心の手元にあるものを見つめた

 

 

「恵殿が手紙を送ってきたのでござるよ」

「恵さんが?」

「ああ、向こうでも元気でやっていると」

「何で剣心にだけ手紙をよこすのよ?」

 

 

薫は少し頬を膨らませ、無邪気な笑顔を

剣心にとぶつけた

 

 

「あ、いや、そんなつもりはないでござるよ!薫殿!」

「なんか、いやらしいわね」

「いやいや、・・・ほらこれ。薫殿によろしくと」

「何?それ」

 

 

後ろめたさはないものの

むくれた薫の表情に慌てふためく剣心だったが

手紙と一緒にあった小さな箱を薫へと手渡した

 

だが、剣心が手にしていた本は静かに

己の腰へと置いたのを

薫はあえて口にはしなかった

 

 

「何かしら?」

「薫殿へとあるでござるよ」

「何だろ?」

 

 

そっと小さな細長い箱を開けてみる

 

 

「わあ・・・!」

「何だったでござるか?」

 

 

剣心も薫の手元に顔を突き出し、

覗き込んだ

 

 

「これはまた見事な細工でござるな」

「綺麗・・・」

 

 

 

 

 

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